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2006年12月28日

 仕事納まらず

 
「クジラは潮を吹いていた」/佐藤卓
 
【 88pより引用 】
普通の日本企業では、長く担当しなければ分からない商品開発やマーケティングのポジションにおいても、
営業などと同じように次から次に人を入れ替え、
そのため自社のデザイン財産を熟知していない人間がせっかく築きつつあるブランドを白紙に戻す。
デザインというものが未だにいかに理解されていないかは、企業の人事異動の仕組みを見るとよく分かる。
デザインは人である。
力のある一人の人間が責任を持つということ。
責任を持って社内を調整するということ。
多くの人が寄ってたかって誰も責任を取らなくて済むシステムは、ゆくゆく力を失い、
その存在自体消えていくことになる。どんな組織も同じである。


会社の人に勧められた佐藤卓の本が相当良いわけです。
佐藤卓は言わずと知れた腕っこきのデザイナー。
恐ろしく論理的なプレゼンで、素敵なものを作るすごい人です。

その佐藤卓をしてもなお、この手の障害が立ちはだかり、
ともすれば失敗に陥ってしまうものなのかと。
痛み入るとともに教訓となる体験談がたくさん含まれています。

でも不思議と嫌にならないんですよ。
いろいろ大変だけど、佐藤卓だって頑張っているのだし、
自分も良い仕事をするために責任を負い、調整できるように頑張ろうと思うのです。

そんなこんなで通常業務は本日で仕事納め。
ぜんぜん収まる気配がないですが、何とか大晦日くらいは実家に帰れるようにしたいもの。

今年の印象に残ったワードは「ネガティブチェック」でした。

それについてはまた追々。
やるのかやらないのか。みたいな。

投稿者 sasagaki : 19:45 | コメント (2)

2006年12月25日

 雑

むしろクリスマスイブに「北の零年」をやるテレビ朝日の心意気を買いたい。
見なかったけど。
ハッピー感が皆無であることは想像に難くない。

でも結局大したことはしなかったな。
手のひらサイズのクリスマスツリーを買ってちょっと眺めたりするくらい。
あとは「夜のピクニック」が文庫化されていたので完読。
なんと言うことはない話だけど読後感は悪くない妙な小説でした。
でもこれをどうやって映画化するんだろう。延々と高校生が歩くだけの絵になりそうだ。
モテモテ男子がモテモテ女子とモテモテする話になりそうだ。
なんだそれ。

モテる奴のことなんか知りませんよ。もう。

あと急に仕事でASPを書くことになりました。
システムの人に相談したらASPはやらない。というので仕方なく自作。
ノートPCにIISを入れ、ASPが走るようにして開発環境に。
とりあえず時間取得は作れたのでもうちょっとです。
しかしまさかこのタイミングでゼロから勉強することになるとは。
年明け公開なのに。
とほほ。

でもまあなんか面白いからいいや。

投稿者 sasagaki : 21:45 | コメント (0)

2006年12月21日

 80%

・雨の日置き傘が盗まれている確率。
・貸したCDが戻って来ない確率。
・深夜自転車に乗っていて警官に止められる確率。
・SuiCaチャージしなくて大丈夫かな?と思った時のチャージしなきゃダメな確率。
・貸したDVDもぜんぜん戻って来ない確率。
・降水確率50%の日に雨に降られる確率。
・部屋干ししたトレーナーの脇の下がまだ湿っている確率。

80% 

投稿者 sasagaki : 23:01 | コメント (0)

2006年12月19日

 ポインセチアのゆくえ

今、街中に飾られているポインセチアは
クリスマスが終わったらどこへ行ってしまうんだろう。
エコだなんだと叫ばれるこの時代にあって、
まがりなりにも立派な木であるポインセチア(和名:猩々木)を
ただ捨ててしまうとは思いたくない。
どこかで有効に使われていて欲しい。

ポインセチアで割り箸を作って、
正月のおせち料理はそれで食べるとか。

もう一度ポインセチア畑(?)に戻して来年に備えるとか。

ポインとセチアに分かれてそれぞれの道を歩むとか。

なんだかよく分からないけど、夢のある将来を送ってもらいたい。
人につかの間の夢を与えてくれたポインセチアが、
その役割を終えたらそのまま焼却処分なんてあんまりだ。
そんな夢のない話はないじゃないか。

ちなみにポインセチアの花言葉は
「私の心は燃えている」だそうです。

言うてる場合か!
 

投稿者 sasagaki : 12:27 | コメント (2)

2006年12月15日

 ビッグスクーター

ここのところ若者の間でビッグスクーターが大流行しているのです。
公道で見かけるバイクの半数以上がビックスクーターというくらい。
各メーカー若者向けにビッグスクーターの車種を揃えており、
改造パーツも充実してきました。

やはり若気の至りを最大限発揮するには
バイクの改造が最適なようで、
街なかでは非常に様々な改造ビッグスクーターが見受けられます。

変なライトをたくさん付けてみちゃったりとか、
でかい羽を付けてみちゃったりとか。
まあそのあたりはなんとなく理解できますよ。
気持ちはわかります。
僕もミニ四駆でよくやりましたから。

ただね、でかいスピーカーを付けてガンガン鳴らすのはどうなのか。
そんなに音楽が聞きたいならイヤホンにすればいいのに。
道行く人にもアピールしたいのかな。
俺ってぶっちゃけヒップホップとか聴いちゃうよねー。
もうさーバイクと言えばロック?みたいなのって古くねー?
ゼッツーナナハンロックンロール(ギターウルフ)な時代じゃなくねー?
つーか革ジャンとかいってちょーウケんですけど。
的な。

よし、100歩譲ってそれは良しとしよう。
それはいい。

じゃマフラー改造すんなよ。
曲聞こえないじゃん。意味ないじゃん。

もうなにがなんだか。

投稿者 sasagaki : 11:20 | コメント (2)

2006年12月13日

 長寿世界一

長寿世界一の人が亡くなったというニュースがヤフートピックスに上がってましたね。
あの、こういう場合、今まで世界二位だった人に連絡が行ったりするんでしょうか。
今日からあなたが世界一です。という具合に。

果たしてそれって嬉しい事なんだろうか。
もし自分が死んだら、これまでの一位の人みたいに
世界中にその事が知らされてしまう。
なぜ死んだのか、どこで死んだのか、何人の子孫を残したのか、
そういう事のいっさいがっさいが報道されてしまう。
できれば遠慮したい。
別の人に譲りたい。
そう思ったりはしないんだろうか。

でもこればっかりは勝手に譲れない。
世界第三位が自分の事を追い越してくれるわけではないし。
確実に次は自分の番だ。
細心の注意を払わなければ。
モチを喉に詰まらせる事だけは避けなければ。
せっかく世界一になってもそれからの人生は、
いかに格好よく死ぬかという事が最重要課題になってしまう気がする。

なんだかあんまりロマンチックな話じゃないな。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061212-00000505-yom-int

投稿者 sasagaki : 11:49 | コメント (0)

2006年12月11日

 ブックカバー

この時期、渋谷のLOFTなどで買い物をすると、
赤と緑の包装紙を広げた店員に必ず
「贈り物ですか?」と聞かれる事になります。


どうも。自宅用ですササガキです。


空気を読め。と。

まあ確かにブックカバーなんて微妙なものを
革ジャンにドクロのニット帽をかぶった覇気のない男が買って行ったら
プレゼント用だと思うのも無理からぬ話だけど。
どっこい自分用ですから。
すぐ開けますから袋とか。店出たらすぐですから。
包装紙なんかびりっびりにしますから。この野郎、この野郎、つって。

いやね、先日中身ごとブックカバーを紛失してしまいまして、
読みかけの小説をもう一冊買う羽目になるわなにやらで
サッパリな人生を送っているのです。

ヒゲを触る癖も抜けません。
やれやれ。

あの、小説の良いところは時間を握っている点にあると思うんですよね。
例えば映画における時間って絶対的に決め打ちじゃないですか。
その間はどこかの座り慣れない椅子にきちんと座っていなければならないし、
途中で余計な事(人はどこから来てどこへ行くのかな?等)を考えたりすると
とたんに話が見えなくなってしまう。

けれども小説に対してどう時間を使うかは、読者が握っているでしょう。
もちろんどんな椅子に座ったっていい。

だいたい結構まとまった時間をその作品とともに過ごすことになりますからね。
生活の隙間隙間の、比較的気を許した時間にすっと入ってくるそれらのお話は
不意をついて心の琴線に触れる事もしばしばあります。
2時間やそこらで強制的にやってくる結末とはちょっと感じ方が違うわけです。

だから何だという事はないですけど。映画は映画で面白いよね。うん。

そんなアレで、 「クライマーズ・ハイ」/横山秀夫 を読み終わりました。
なかなか面白かったな。
話に破綻がない分「半落ち」より出来は良いかもしれない。
読んだ順番が違ったら順位が逆転したかも。

あ。なんかこの期に及んで小説に順位付けてる自分が寒い。
そんな暇があったらもっとこう、有益な事をしたらいいのに。
具体的には思いつかないけど。なんかこう素敵な。
女子とどうこうするみたいなことを。

よし、そういう小説を探そう。

投稿者 sasagaki : 20:15 | コメント (4)

2006年12月04日

 病院駐車料

えー。
こういう経験もあんまりする機会がないと思うので
共有までに書いておきます。

救急の危篤患者が運ばれた場合、
病院には危篤患者の家族専用の駐車場が用意されるか、
もしくは駐車場の料金が無料になる仕組みがあるんですね。

それで、母が倒れてからしばらくその駐車場をただで使っていたのです。
みんなお金払って車止めてるのに自分だけただ。お得。
しかも通常の面会時間外でも出入り自由なんですよ。
まぁいつ何が起こるか分からないから当然と言えば当然なんですけど。
なんとなく得意になりますよね。

病院の受付で「危篤です」と言うと駐車券に磁気の入ったスタンプを押してくれます。
それを駐車場を出る時に機械に入れればそのまま出られる仕組み。
その機械なんですけど、女の人の声でアナウンスが流れるんですね。
「駐車券と料金を入れてください」という具合にキカイの声で言います。
でも僕はお金とか払いませんから。チケットだけ入れるんですけど、
そしたらまたキカイの女性が「ありがとうございました・・・」と言うんですよ。
なんかね、ここで明らかにテンション下がってる感じなんですよ。
変にふくみを持たせている感じがするんですよ。
なんだ、不満か?
ただで通るけど不満か?え?コノヤロー。

と毒づきながらいつも通ってました。

でも先週見舞いに行った時に、
通常の料金を支払って病院の駐車場を出たら
やっぱり「ありがとうございました・・・」と一段トーンダウンしてました。
払っても不満か。なんだよ。
そういう録音なの?


ちなみに、もう意識が戻る事はないと言われた母ですが、
少し目を開けてこちらの呼びかけに反応を示すようになっていました。
なにやら簡単なやり取りができるくらいまで回復していて、
医者も驚いていましたよ。

いろんなことが起こる。

投稿者 sasagaki : 13:06 | コメント (0)