« 浦島の亀にもっと想像力を | メイン

2019年05月21日

 父は忘れる

「デール・カーネギーの人を動かす方法」をオーディオブックで聞いているのだけど、
その中で引用されている「父は忘れる」という文章を忘れないように書き留めます。

この文章はアメリカ・ジャーナリズムの古典のひとつで、
感傷的なごく短い間に書かれたものですが、その後様々な言語に翻訳されているそうです。

本の引用文を載せたサイトはいくつもあって、そこを参照しようとも思ったのだけど、
オーディオブックとして聞きやすく翻訳された文章が良かったのでそちらを起こしました。


カーネギーは、子供に小言を言いたくなったとき、
その前にこの文章を読むように薦めています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

父は忘れる


お聞き、息子よ。今お前はぐっすりと眠っている。
小さな手に頬をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛がくっついている。

お父さんはひとりでこっそりと、この部屋に忍び込んできた。
ちょっと前まで書斎で自分の原稿を読んでいたのだが、
急に息苦しいような後悔の念に襲われた。
悪いことをしたと思いながらお前のところにやってきた。

お父さんがいま考えているのはこんなことだ。

お前にはずいぶんうるさく言ってきた。
学校へ行く仕度をしているとき、
顔の洗い方がいい加減だと言って責めた。
靴を磨くのを忘れていると言っては叱った。
持ち物を床に放り出したと言っては怒鳴りつけた。

朝食の席でも小言ばかりだ。
食べ物をこぼすな。よくかみなさい。
テーブルの上に肘をつくな。
パンにバターを塗りすぎだ。

そして、お前は遊びへと、私は会社へと出かけるとき、
お前は手を振って、行ってらっしゃいパパと言った。

それなのに私は眉をしかめて、
背筋を伸ばしなさいと叱った。

そしてまた、夕方にも同じことをしてしまった。

私が帰ってくると、お前は地面に膝をつき、ビー玉遊びをしていた。
ストッキングには穴がいくつも空いていた。
私はお前を家に追い立てて、友だちの前で恥をかかせた。

靴下はタダじゃないんだ、自分の金で買ってみろ。
そうしたらもっとありがたみが分かるだろう。

それがこの父の口から出た言葉だ。

それからこんな事もあった。

その後でお父さんが書斎で原稿を読んでいたとき、
お前がなんだかしかめっ面をして、おずおずと部屋に入ってきた。

邪魔が入ったことにイライラしながら、原稿から顔をあげると、
お前はドアのところでためらっていた。

なにか用か?
私は噛み付くように言った。

するとお前はなにも言わず、勢いよく駆け寄ってくると
私の首に腕を回してキスをした。
その腕には愛情がこもっていた。

お前の小さな心の中に、神様が咲かせてくださり、
私がどれだけないがしろにしても
しぼむことのなかった愛情が。

そして君は、パタパタと足音を立てて、二階へと去ってしまった。

息子よ、それから間もなくのことだ。
私の手から原稿が滑り落ちて、
身が引き裂かれるようなひどい気持ちが襲ってきたのは。

なんという習慣を自分は身につけてしまったのだろう。
粗探しをし、それを咎め立てする。
それが子供であるお前に対する仕打ちなのだ。

お前を愛していないのではない。
お前に無理なことを期待してしまったのだ。
私と同じ年齢の大人に要求するようなことを。

お前の性格には、良いところ、美しいところ、
正しいところがいくつもある。

お前の小さな心は、広い丘の向こうに出る朝焼けのように大きい。
誰からも言われないのに、自分から私に駆け寄って、
おやすみのキスをした。
そのことからもそれがよく分かる。

今夜はそれ以外の一切はもうどうでもいい。

こうしてお父さんは、真っ暗ななか、
お前のもとに来てひざまづいている。
恥ずかしい気持ちで一杯になりながら。

償いとしては物足りないかも知れない。
しかし、昼間こうしたことをお前に正面切って話しても
お前には理解できまい。

だから、明日からは父親らしい父親になってみせよう。
お前と仲良くなり、苦しいときはともに苦しみ、楽しいときはともに笑おう。

いらいらが言葉になって出そうになったら舌を噛もう。
呪文のように繰り返そう、
この子はまだ子供なのだ、小さな子供なのだ。

お父さんは、お前を成熟した大人のように扱っていた。

今ではわかる。息子よ、ベッドの中で小さく丸まって
泥のように眠っているお前を見ていると、お前はほんの子供なんだと。

ついこの間まで、母の腕に抱かれて、
母の肩にもたれかかっていた。

お父さんはお前に多くを要求しすぎた。
あまりにも多くを。


― リヴィングストン・ラーネッド
 
 

投稿者 sasagaki : 2019年05月21日 23:36 

コメント


コメントしてください




保存しますか?